自己紹介
English Link → PACIFIC WRECKS
ハンドルネーム A6M232
活動方針
・紆余曲折を経ながらも、目標でもある全型式の零戦計器板を製作し発表し続ける事
・零戦話として巷に溢れる最強・最低の両極で伝説化し過ぎている事を危惧し、最強でも最低でもなく現在では
 航空・産業遺産でもある零式艦上戦闘機の細部詳細を知って頂く活動(発表会等)

・上記の為に各所で要望があれば展示品を貸出し零戦等の実情を知って頂く活動
・復元機等で私の分野でお役に立てるのならば最大限の協力は惜しまないつもり
以下下記の実績通り
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5?未定以後未

51貸出28年7月20日〜9月4日
所沢航空発祥記念館特別展「中島飛行機の傑作戦闘機たち」に対する展示支援

九一戦  プラグ

九七戦  フラップ

九七戦  ピトー管

隼     カウルフラップ

隼     気化器銘板

隼     主脚用大型銘板

零戦    栄発動機、気筒(一連内部部品)

預けのみの展示未定

91式戦闘機プロペラの根元(刻印詳細が判る)

寿発動機の工具類
http://www.tamevent.com/

51貸出28年5月7日
屠龍後席 鯉渕夏夫兵長のご遺品、靖国奉納が実現しました。
左・機内持ち込みハーモニカ

右・酸素マスク



49
貸出28年2月6日
所沢航空発祥記念館戦後70年特別展「零戦-堀越次郎と永遠の傑作機たち」に対する追加展示支援
雷電の継電器箱がヤフオクに出品された為、是非!自動消火装置の配管・発信機と共に展示したいが為に
、妻と友人に借金をしてまで高額落札してしまいました(^^ゞ
落札後、突貫5日間で錆取・腐食防止処置・欠損部補完等を完了し早期展示にこぎ着けました。
小遣い数か月分前借でしばらく金欠で非常に寂しいですが、私が理想としていたセットでの展示が完了しとても幸いです!(^^)!
他に100式司偵のエンジンスイッチと2式大艇羽布も追加展示しています。
28年4月17日まで展示 http://www.tamevent.com/

48 28年(2016)1月27日〜28日
石塚氏が所有する零戦里帰りプロジェクトの初飛行でもある試験飛行に立ち会ってきました。
日本では不可能と言われた事を「可能だ!」と言い続けてきた男たちの、飛行実現後の笑顔は素晴らしくカッコ良かったです。
この日に立ち会えて本当に嬉しい限りでした。


47科博寄贈計器板、展示時期不明のお詫びと言い訳


                                             (寄贈時はマツモデル製照準器も装着)

「零戦二一型(ラバウル工廠・複座改造型)再現計器板」
9月には零戦の傍らに展示されると私から聞いていらした方にお詫びです。
科博に寄贈した計器板なのですが、今年の予算計上に組み込めず展示は見送りとなっています。
機体横のスペースに置くだけでも・・・と考えてしまいがちですが、そこは国立ですからそんな簡単には行かな訳で・・。...
先日お会いした科博の鈴木先生が開口一番「計器板、申し訳ないね・・・」その後内情を説明下さり・・大変恐縮でした。
しかし有識者が集まるその後の一席である提案が・・・じゃ企画展で「中村コレクションを展示で」と・・・(^^ゞ
大変有難い申し出で恐縮ですが、これまた計器板と同じで実現できるかどうかは判らないので、私の法螺話としてでお願いします・・・笑

ちなみに寄贈 時 計器板と書いているのは、フットバー装着等バージョンアップを目指しているからです。甲斐性ナシ故の資金不足・無節操に手を出す偏狭マニア故の時間の無さ・蒐集家故の手持ち計器との葛藤・形状だけでも本物通りでないとイヤ等・・・(笑)色んな問題山積の上に人間的にも家長としても問題ありな輩な訳で進んでいない訳ですが、細々とライフワークとして考証度を高めて行ければと考えているからです。

よく奇特な人と言われ資金面等で疑われますが(^^ゞ(小遣い以外は全て仲間内での技術面とのバーターで成り立っている)、国立と名のつく博物館に良く悪くも当時を代表する立派なオリジナルの航空機が在って、外見は何とか大丈夫でも残念ながら当時の姿を留めていない操縦席が在れば何とかしたいと思うのが計器板マニアじゃありませんか!・・・笑

さて長々書きましたが「そもそも展示されるまで黙っておけば問題無い話でして・・・はい!全て言い訳です、申し訳ありませんでした」と言うところがオチです(^.^)
今後も引き続き目指しますので楽しみにしていた方には大変失礼いたしましたm(_ _)m


46
貸出27年(2015)11月29日〜28年3月10日
大刀洗平和記念館にて企画展『戦後七十年 戦時資料展』に零戦52型計器板等を貸出
http://tachiarai-heiwa.jp/senji_omote.jpg
http://tachiarai-heiwa.jp/senji_ura.jpg

45貸出27年(2015)11月21日〜28年4月17日
所沢航空発祥記念館戦後70年特別展「零戦-堀越次郎と永遠の傑作機たち」に零戦21型計器板等を貸出です。
http://www.tamevent.com/

44貸出27年(2015)3月22日
大刀洗平和祈念館
艦上爆撃機「彗星」元操縦員の坪井晴隆さんの記念講演に貸出
http://tachiarai-heiwa.jp/

43貸出27年(2015)3月4〜8日
「調布映画祭」永遠の0用プロップス貸出
また末期の特攻要員の遺品で「死ぬばかりが忠義ではない、最後まで生き抜け」と同期からもらった絵入りのノートを展示、その他
真珠湾・ミッドウエー関連、実物消火装置等も展示


42
貸出27年(2015)1月〜27年(2015)3月22日

神奈川県立歴史博物館特別展

「陸にあがった海軍連合艦隊司令部日吉地下壕からみた太平洋戦争」

六二型計器板予定でしたが二二型前期上部隔壁付に変更致しました。

http://ch.kanagawa-museum.jp/tenji/nenkan/nenkan.html...


41 メンテ26年(2014)12月30
ヤマトミュージアム62型メンテナンスと計器交換
複製度の低い昇降度計・高度計から、考証度複製度共アップの昇降度計と末期物の実物高度計に交換してきました。
両計器とも以前の物はレプリカですが、高度計は実物、昇降時計は文字盤・針とも完璧な複製品となっています。



40 イベント協力26年(2014)11月21〜24
展示協力と機体説明等
様々な苦労を経て国内に里帰りした石塚零(AI−112s/n3858)のイベント協力に参加する事ができました。
石塚さん初めスタッフの奮闘を知れば知るほど、飛行の実現の一助となるならば可能な限りの協力を惜しまないと感じた4日間でした。
https://youtu.be/QwJNbefEpe4
https://youtu.be/OkPmFRyvUYA



39発表26年(2014)10月
所沢航空発祥記念館にて「POFにおける日本機の復元について」発表
8月筑波海軍航空隊記念館に続き今年2回目




38貸出26年(2014)9月〜27年(2015)
筑波海軍航空隊記念館展示協力第二弾






37貸出26年(2014)7月
筑波海軍航空隊記念館展示協力




36新聞
26年(2014)7月
読売新聞本社から取材を受けました
8月5日朝刊2面「顔」に掲載されました。


35
POF協力26年(2014)7月
7月POFに協力・調査に行ってきました。
九九艦爆・零戦復元整備過程、秋水(操縦席内撮影)、彗星、雷電(後部胴体内)、一式陸攻等撮影

↑私が考証し提供した複製ステンシルと共に、POF創始者エド・マロニーさんとの至福のひと時
34
貸出26年(2014)2月16日
2月16日より大刀洗平和記念館にて3月30日まで展示となりました。



33寄贈 26年1月2日(2014)
祝!国立科学博物館(上野)National Museum of Nature and Science,Tokyo
第二隔壁寄贈完了

 私の活動の最大の目標の一つでもであった上野国立科学博物館に寄贈完了することが出来ました。
(展示はキャプション・衝立等の予算申請から始まるので何時になるかは未定です)
現時点での可能な限りの考証と私の拙い手持ち技術・工具によっての複製品制作、計器の希少故に資金的に常に難儀しながらも友人等の協力も得ながらの収集によって不完全ながらも実現させることができました。
今後はフットバーなど不足点を追加したり、資金的問題等で入手数が無いまたは少ない等で已む得ず代用している計器等を、現物・復元・複製品のいずれかに置き換えて考証度を上げて行ければと考えています。

このことが実現できたのも、当初の切っ掛けと企画書を作って頂けた横浜旧軍無線通信資料館の土居館長のお蔭でもありますので大変感謝しております。


32貸出平成25年(2013)12月6日〜26年1月10日
東急ハンズ名古屋店「永遠の0」フェア 貸出 



31
メンテ平成25年(2013)11月30日
ヤマトミュージアム零戦62型メンテナンス
照準器がロックが外れ脱落しかけ、第二風防固定装置ピン先端の折損、150キロ圧力計ガラス抑えの脱落しかけで等不具合の修正をしてきました。
やはり定期的なメンテナンスは必須ですが、この様な物には定義が無いので無計画で私みたいなマニアの出番かもです・・・・




30 貸出平成25年(2013)
NHK「搭乗員たちが見つめた太平洋戦争」
CG操縦席内監修等


29 イベント協力24年(2013)9月1
零戦解体見学会
發動機覆いでカバーしたまま格納庫扉が開き、覆いを外し、カウルフラップ閉、照準器装着と進み解体協力となりました。
https://youtu.be/ujjfX7r0uDs
https://youtu.be/nfXf0PCXC38

28貸出展示平成25年(2013)7月25日(木)〜7月30日(火) 
東武百貨店池袋店 貸出 タミヤモデラーズギャラリー
永遠の0企画で展示となりました。


27
書籍平成25年(2013)
学研M文庫「零戦」
三二型写真提供(2007に引き続き)

26 イベント協力24年(2012)3月29
真珠湾以来の歴戦のパイロット原田要氏とのエナーシャー実演
https://youtu.be/4cyl-H9kd3E
https://youtu.be/iOSmb6PqpEo



25POF協力24年11月27・28日(祝!記念日となりました^^)
複数の報道関係者と記念館の方との協力を経て、米国側のコーディネーターとPOF側との接触を持つことが実現し、主脚銘板装着・計器名称板仮止め作業を行う事が出来た。
主脚銘板は私が実物からの複製を依頼した版下制作者のAOTAKE氏の集大成でもあり、私と共に61−120に装着されることを夢見・切磋琢磨してきただけに実現ができた事は、POF側と報道・記念館関係者に感謝する次第です。


24貸出展示24年11月25日(2012)
POF零戦の搬入が決まり私の展示ブースも3月末までの期間延長を依頼される。
折角なので展示ケース内の隙間を埋めるべく追加展示を実施。
追加は「三菱製二一型計器板」・「中島製六二型計器板」(計器板複製、計器実物・複製・復元)
「中島12493号と三菱3274号ステンシル」(複製)
「中島12493号昇降舵軸点検パネル」(実物)



23映画協力 24年9月末(2012)
「永遠の0」作戦終了に付、計器板が帰還。
山崎組 美術・装飾班による味付けがされて、凄く良い雰囲気の計器板となり帰って来ました。


22 零戦の会24年9月(2012)
 NPO法人零戦の会慰霊祭・総会・懇親会に隔壁展示の為一時搬出
 その為1日限りの代替え展示品の展示(九一戦発動機点火栓・九七戦と零戦フラップ)
     

零戦の会写真撮影前のスナップ(この後の懇親会で靖国会館にて展示)
終了後再度所沢航空発祥記念館にて11月まで展示
写真の状態から展示ケースの関係上風防を外しての展示、追加で応急ブースト握杷
昇圧器スイッチ・油冷却機ハンドル機構・燃料ポンプ管制箱・フットバーを追加



21貸出展示24年8月(2012)
 所沢航空発祥記念館「航空技術100年展」に貸出
1、中島製零戦二一型の後期型再現した第二隔壁
2、同じく中島二一型後期の主桁中央結合部材(ESD材・超超ジュラルミン)
3、零戦用実物各種銘板と復元機に使用する為の実物からの複製銘板



20映画協力 24年8月(2012)
 「永遠の0」二一型から五二型へ機体変更の為世田谷撮影所にて作業
混合比計から排気温度計に変更
ブースト計とシリンダ温度計の入れ替え(回転計は手持ちが無いので勘弁^^;)
    


19番外 24年7月(2012)時点 趣味部屋公開
可能な限りオリジナルを集めて貸出した後も、何とかこれだけ残っている^^; 
  


18平成24年6月(2012)
 東宝映画「永遠の0」貸出用 二一型再現計器板            



17現状平成23年(2011)時点の完成度



16現状現状

各種計器板




15貸出展示平成23年(2011)
上野科博「空と宇宙展」展示協力
(零戦・雷電計器板、栄用プロペラ、各タイヤ等々25品目搬入、展示採用9品)

14番組協力平成20年(2008)
NHK高知協力
土佐清水沖で引き揚げられた戦闘機「飛燕」の現状
5分程の番組中に私が所有する飛燕とインタビュー協力


13郷土資料館協力平成20年(2008)
船橋市郷土資料館 終戦60周年企画展 「戦争の時代をこえて」
昭和20年1月27日 B−29に体当たりした屠龍展示

12制作協力平成20年(2008)
「大刀洗平和祈念館」零戦三二型に照準器基部マウントを作成し装着。
(照準器はケンジ氏の尽力で海外から里帰り)



11制作協力平成17年(2005)
 「ヤマトミュージアム」零戦六二型計器板を2年かけて複製・装着
(数十時間かけて深夜に装着完了、付き合って下さった担当学芸員様の心意気に感謝)



10協力調査平成17年(2005)
同年コロラド ビンテージエアクラフト(調査、情報交換、各種銘板・計器文字盤協力)

(↑3ヶ国のマニアックな方々・・・勿論子供は除く)

あまりのオリジナル度の追求に感銘を受け、国内で寄贈用の計器板に使用する計器文字盤を置いていってしまったのは今にも続く失敗・・・^^;(海外の協力はバーター)


帰国後計器文字盤製作者のAOTAKE氏に依頼し、氏の多大な尽力の結果銘板が完成し納める事ができた。

(名航・萱場等今に残るメーカーには「商用で使用しなければOK」と確認を取って製作)


協力調査平成17年(2005)
カナダブレイド(調査・情報交換)

大戦機に対して博識のケンジ氏(ブログ)に出会えなかったらとても実現しなかった事である。

新聞平成17年(2005)
北海道新聞「ニセコの零戦は試作機だった 技術の流れ示す貴重な資料に」
試作機の推測根拠等の写真・情報提供


7切っ掛け平成12年(2000)
 
原田コレクションに出会い衝撃を受け、無謀にも計器板の複製ボランティアを申し出る。
原田氏には現物情報・交通費・材料費等親身に協力を頂き、無謀で在った挑戦をローテクで辛うじて乗り切り中島計器板3枚を完成し納めボランティアを終了。
その縁在って靖国への零戦組立に参加させて頂く事ができた。

その後 紆余曲折でフリーとなり趣味が完全に零戦計器板探求となる。


零戦好き平成7年(1995)
 竜ケ崎へニコンF2台にカラーと白黒を詰めて撮影。
(Fの1台は一番上の写真を撮った親父から譲り受けたもの、未だ現役)



卒業後就職、御殿場を経て誰も行きたがらなかった北海道に我儘言って勤務させてもらいスキーにのめり込む。
2年後千葉に転勤、多少空と関わる仕事に着く。
スキーに全力だったが航空好きは残っていて零戦のラジコンを飛ばしたりしていた。


高校は工業高校に入りたくても頭が足りずに親に迷惑をかけ私立に入学^^;
飛行機にはほぼ無縁。


中学時代も窓際で通過する飛行機を眺めていた。
昭和57年の基地祭にたまたま行っていて、T−2が墜落するのを確認現場に向っていた・・・


小学生の時には86ブルーの練習を学校の屋上でよく見た。
授業中?に違う爆音でふと表を見ると零戦が飛んでいた記憶が・・・・?
たぶん昭和53年の事だと思われる。


誕生昭和43年(1968)静岡県浜松生まれ。

原点零戦好きの原点?
幼稚園の遠足で浜松基地にて零戦に出会う。
零戦の前では列をなしての見学だったが、何故か突然駆け出し機体に触って、隊員か先生に怒られた記憶を微かに持つ。


アルバムに採用されなかった写真群でこんな写真発見!・・・・親父の気持ちは痛いほど判る^^;





以下・・番外編・・

「再度やってみたい事」 
1、地底探検(富士樹海)


2、スカイダイビング(もうしばし高高度からは飛んでない)


3、ラジコン飛ばし(丸鷹60 エンジンFA91S)


3、登山(写真は20年前程の5月頭かな?軽車両乗り入れ禁止前)



「夢」

厚木基地発掘
(未だに希少な技術遺産群が大量に眠っている、まだ間に合う)


家族
良妻とやんちゃな長男次男
トイプー(♀)